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技術の架け橋

石﨑 敦士

(いしざき・あつし / ISHIZAKI・ATSUSHI)

石﨑 敦士の写真

Column Hair Studio Malaysia代表。
1995年に東京原宿にHair & Make Column をオープン。
2011年にマレーシアへ渡り、2018年にColumn Hair
Studio Malaysia をオープン。
マレーシアでは、在マレーシアの日本人や、マレーシア人へ日本の技術を提供。

Column Hair Studio Malaysia Facebook Page
https://www.facebook.com/columnhairstudio

Column Hair Studioブログ
https://ameblo.jp/atsushi1439/entry-12799340735.html

マレーシアへ

考えた末に出した結論は、日本のサロンを閉めて、マレーシアへ渡ることでした。

美容師は、何処に居ても、誰が相手でも、やる事は然程変わらない。

しかし、自分の技術が海外で何処まで通用するのか、コミュニケーションは大丈夫なのか、考えるとキリがありませんでした。

考え過ぎると、ろくな事考えないので、視察から2ヶ月でマレーシアへ渡りました。

まあ、来てしまえばやる事は1つ。
お客様へ、満足してもらえる仕事をするのみ。

最初は、ホントに無我夢中でした。
幸いなことに、マレーシアの日系サロンでは約70%が日本人のお客様ですした。

英語を使うのは、10人中3人。
なんとか、知ってる単語を駆使して乗り切ります。

日本での仕事とは、また違った刺激でしたね。

2年を過ぎた頃には、日本での集客数を超え、仕事も楽しくなって来ました。

海外では、日本の技術を得る場所が無いので、新しい技術、アイテムなど、それらを得るのに、本当に貪欲になります。

マレーシアにいる日本人は、90%は3年から5年の周期で日本へ本帰国します。
毎年、4月には新しい日本人がマレーシアへやって来るのです。

新しく来るお客様は、自分より新しい情報をたくさん持って来ます。
日本の流行だったり、新しいパーマやカラーなど。
それに対して、知らないとは言えないので、情報収集が大変でしたね。

新たなステージへ

マレーシアには、四季がありません。
常夏です。
その為か、時間が経つのが本当に早いです。
次のステージへ進もうと思った時には、7年の月日が過ぎていました。
3年くらいで戻ろうと思っていたマレーシア。

気がついたら7年です。

2018年の2月。
今までお世話になったサロンを離れ、独立しようと決断しました。

原宿の時と比べ、自分の売り上げだけに集中して来た7年でした。
マレーシアでは、経営者ではなかったので、それが出来たのだと思います。

少し自分の中に余裕の様な甘えが出て来たのかも知れません。

45歳、今勝負しないと、もう後が無い様に思ったのかも知れません。

ここから先は、会社設立、資本金の確保、VISAの申請、物件、内装、材料、スタッフと、やる事が山積みです。

この時ばかりは、マレーシア人の友人、日本人の友人と、人の繋がりに感謝した事はありませんでした。

海外での起業は、思っているよりもハードルの高いものでしたし、外国人としての立場も、嫌というほど感じました。