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技術の架け橋

石﨑 敦士

(いしざき・あつし / ISHIZAKI・ATSUSHI)

石﨑 敦士の写真

Column Hair Studio Malaysia代表。
1995年に東京原宿にHair & Make Column をオープン。
2011年にマレーシアへ渡り、2018年にColumn Hair
Studio Malaysia をオープン。
マレーシアでは、在マレーシアの日本人や、マレーシア人へ日本の技術を提供。

Column Hair Studio Malaysia Facebook Page
https://www.facebook.com/columnhairstudio

Column Hair Studioブログ
https://ameblo.jp/atsushi1439/entry-12799340735.html

時代背景

皆さんは、全国にどの位の数の美容室があるかご存知でしょうか?

2022年3月末時点の美容所は26万4223件、美容師は56万1475人です。

わかりやすく比較すると、コンビニは約5万件強。
実にコンビニの5倍の美容室が、全国に存在します。

美容室へ足を運んで下さるお客様は、大体15歳から65歳未満の方が、メインのお客様となります。
その数、約7500万人。

凄い数かと思いきや、全国の美容室へ平均的に分配すると、一件約300人程度しか居ないのが現状です。

これは少子高齢化により、2000年の頃から言われ続けて来た、美容業界の抱える大きな問題点でもあります。

少ないお客様に、1人でも多く来店してもらい、紹介してもらう。
尚且つ、再来店へと繋げる。

実は、これこそが、本当に大変な事なのです。

価格競争、立地条件など、様々な条件の下、25万件が戦うのですから、もう地獄絵図です。

原宿時代、隣も向かいも美容室でしたし、表通りに出れば、軒並み美容室が並んでる状況です。

何かやらなければ、新しいメニューを、新しいサービスをと、他店には無い、特化したメニューを色々模索しました。

ドレッドヘアや、エクステンションなど特殊系にも力を入れて来ました。
それは、今現在も変わらず、全国の美容室が模索中だと思います。

問題勃発

オープン当初から、様々な事を模索しながらの年月は、本当にあっという間に過ぎ行きました。

2009年、ここで問題が起き、Columnは大きな波へと突入して行きます。

パートナーに病気が見つかったのです。
検査の結果、『ガン』との診断。

入院を余儀なくされ、メインスタイリストが第一線から退く事となります。

それからは、日々悩みながら営業していた様に思います。

今思えば、現在の予行練習だった様な気もします。

お店を持つと言う事は、余程お金に余裕が無ければ、常に負債を抱えていると言えます。
なんとか抜けた穴を埋めないと、もっと売り上げを上げないとと、我武者羅だった時期でした。

実は、お店をオープンするにあたり、3500万を銀行から融資してもらいました。
その際、実家の土地、建物は担保として抵当に入ってます。

そう、お店が立ち行かなくなると言う事は、実家の両親が路頭に迷う事に直結していたのです。

両親も、生きた心地がしなかったと思います。

銀行の返済期間は15年、この時14年目でしてので、一年乗り切れば大丈夫と、呪文の様に唱えてました。