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山田 ゴロ

(やまだ・ごろ / YAMADA・GORO)

山田  ゴロの写真

山田ゴロ / 漫画家
1952年12月23日 岐阜県出身
1971年 漫画家 中城けんたろうに師事
1972年 石森プロ入社 石ノ森章太郎に師事
1975年 デビュー作・「人造人間キカイダー(原作・石ノ森章太郎)」
以後石ノ森森章太郎のコミカライズを多く手がける。
ヒューマンアカデミーマンガカレッジ講師
学校法人江戸川学園 江戸川大学講師
Japan Manga Artist Club 代表
公益社団法人 日本漫画家協会参与
一般社団法人 マンガジャパン所属
デジタルマンガ協会 事務局長

J-Mac
https://www.i-jmac.com/member/yamada-goro/
マンガジャパン
http://www.manga-japan.net/


実は、その11年の間に、二つの新しい趣味を始めました。
一つは「怪談話」です。
それは、ぼくの幼い頃からの思い出話を、SNSに書き綴っていたものから始まりました。
その中でも不思議な話を、みなさんの前でお話しするようになり、いつの間にかテレビや舞台で活躍中の「怪談師」の方達と一緒に怪談話をさせて頂いたり、怪談DVDを発表させて頂いたりするようになりました。
そのお蔭か、最近ではマンガ家でありながら怪談話の出演での依頼が多く、いろいろなイベントにも、お声がけ頂くようになりました。
しかし、怪談は全くマンガと関係がない訳ではなく、怪談話には、マンガのストーリーを考えるための大きなヒントがあるのですが、それについては、また別の機会があればお話したいと思います。

さて、怪談話をしたり心霊スポットなどに行くと、何かが取り憑くのではないかと言われます。
しかし、その様な事は、まずありません。もしあるとしたら、余程人に恨まれるような悪い事をした人か、その場所で失礼な事をした人だけではないでしょうか。

ここで、まだ人に話した事のないお話をしましょう。
「仏の杖」と言う、幼い頃の体験話です。

ぼくは、子どもの頃、留守番をすると退屈し、暇なので障子にプスッ、プスッと穴を開け、時にはグーでボコッと開けたりして、その後、障子紙の張り替えをするのが好きでした。
すると玄関で呼ぶ声。
「はあーい」っと出て行くと、見知らぬお爺さんが立っていました。
「おとうさんか、おかあさんは、おりんさるかな?」
「いません。出かけとります」
「いつ頃、帰っとりゃあすかな?」
「わからへん。おじいさん、だれ?」

お爺さんは、便所の側に生えているヤツデの葉っぱを持たせれば、時代劇で見た天狗の様な格好でした。
「そうか・・では、お前に聞くが表札にある、ゴロとはだれじゃ」
「わしじゃ」
「おおっ、おまえか。そうか、そうか。大きゅうなったのう」
おじいさんは、目を細めて笑った。
「ぼくに、用事ですか?」
「おまえに言っておきたいことがある」
「じゃあ、上がってください。おかあちゃんも、そのうちに帰って来ると思うで」
ぼくは、おじいさんを座敷に上げてお茶を出した。
その間、おじいさんは部屋の中を隅々までながめていました。
そして、
「あの神棚と、あの仏壇は、横に並べにゃいかん」
と、言い出したのです。
「おとうさんか、おかあさんに、そう伝えなさい。このままだと家の中で、神様と仏様がにらみ合ってしまって、本来のお力を出すことが出来ん」
たしかに、その部屋には神棚があって、その対面に仏壇が置いてありました。
「それから、お前。ゴロちゃんだったな。ゴロちゃんは、毎日、神様も仏様も、お参りせにゃあかんよ。そうしないと、今に、えらいことになるぞ」
「えらいことってなに?」
「わしが、先ほど、この家の前を通るとな。玄関のところで、頭の禿げたおじいさんが困ったような顔をして、わしを呼ぶんじゃ・・・。そして、『水』『女』っと、つぶやいて消えたのじゃ。それで祈ってみると表札のゴロのところが、ピカピカと光りおる。 すると、水と、女に取り囲まれる姿がみえたのじゃ」 ちょっとだけ、ブルッとした。
「お前は、水の側に行ってはいかん。もし行くとしたら、一人で行ってはいかん。それから、女には気をつけるのじゃ」
「ぼくが、おぼれるってことなの?」
「そうかも知れん」
「女の人は、ぼくに何をするの?」
「わからん。おまえを助けてくれるのかも知れんし、おまえを取り殺すのかも知れん」
「ぼく、どうすればええの?」
「わしが、祈祷をしてやろう。それでしばらくは、おまえは 守られるが、いつまでもと言うわけにはいかん。
あとはお前次第じゃ」そして、なにやら口の中で、ブツブツ呟いた。それからいきなり、
「カーーーーーーッ!」
っと、叫んだ!・・・次の瞬間、母の声で、目が覚めた。