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絵で伝える湧き上がる幽玄美

今吉 淳恵

(いまよし・あつえ / IMAYOSHI・ATSUE)

今吉  淳恵の写真

東京都に生まれる。早稲田大学卒業後、源氏に出会う。
早稲田大学院・中野幸一研究室にて源氏物語を聴講、日本画を始める。日本美術院同人小谷津雅美先生に師事。
パリユネスコ本部の主催により、47m源氏物語絵巻個展を開催し、大きな好評をえる。その後パリユネスコ本部、パリ大学、パリ政治学院シアンスポにて、今吉淳惠の源氏物語講演会を開催。源氏にある幽玄美を描きたくて取り組んでいる。



公式サイト http://imayoshi-world.com/

絵を始めた章

美術館では、連日朝から閉館まで同じ絵を時間をかけて、何度も何度も魂からじっくりと見て200%吸収しようとしていたので、いけば行く程、見ればみる程自分の心がどんどん豊かになっていくのがわかりました。

日本の美術館では館内でスケッチが出来ないので心の眼で見るしかない。

絵の素養は何もなく全く白紙の状態だったのが幸いして、全く無になって見つめる事が出来ました。

それにより絵の勉強どころか想像以上に自分の内面全体までもが一緒になって、どんどん豊かに磨かれていくのが分かる・・・

本当にそれはもう良い修行をさせてもらったと思っています。

古来の絵は今でも私のインスピレーションの宝庫です。

中でも俵屋宗達に傾倒した。最もせっかく女性に生まれたのに、おしゃれにまわせるゆとりもなくいつもピーピー言っていたが、それよりも自分の中がどんどん磨かれていく方がはるかにうれしかった。

そして47m源氏物語絵巻が完成したのです。

人生が変わった一番の大きなことは、源氏に出会った頃から自分の中の内なる声に強く突き上げてくるものに忠実に生きようとしてきた事。これこそが私の人生を開いてくれた大きなことだったのです。

その課程で、自分が何のために生まれて、ここにいるのかというような自分の使命にも気がついていきました。

人生は本当に面白い。

目をみはる展開が待っていた。

パリ UNESCOの章

2008年、源氏物語千年紀の年、京都文化博物館で47m源氏絵巻の個展をしました。その私の絵巻が、パリユネスコ本部の厳しい審査を通過し、本部主催で招待個展とされ、パリで展示することが決まったのです。

今までにないほどの歓喜に満ち溢れた吉報となりました。

幽玄美という言葉が持つ深い意味や表現は、日本人独特の高い感性によるものであり、これを外国語であらわそうとすると適当な単語がないので苦労した。

どうしても「mystery」の美ということばを使わないとできなかった。

彼らには「いわくいいがたいもの」にうつるらしい。

仏訳では「I’esthétique’profounde et mysterieuse」(神秘的で不思議な美)とした。

そこで私はUNESCO会場に「幽玄美の解説」のパネルを張り、読んでもらうことにした。

はたして彼らは幽玄美の絵に一体どう反応するだろうか、そこで私が見たもの・・・なんと驚くべきことに、思ってもみなかった程の感動の大きさだった。

会場中が反応したような感じになり、そこにあふれる感動の大きさに私の方が目をみはった。

面白い事に、彼らのその時の反応というものは、一様に目の奥から優しい愛にみちた光が出ているのだ。

そして、顔中を愛でいっぱいにして両手を広げて包み込んでくれるような、本当に心を開いてくれて心からの深い感動を私に現してくれた。

「繊細で優美で美しくて」と心から口々に感動を伝えに来てくれるのだった。

その手応えに私の方が、大きなショックを受けた。

特別印象深かったのは、「幻」の絵の前に来ると人々が、じっと見つめ出してそこから動かなくなる。とても不思議な光景でもあったと記憶しています。

フランス人の方、世界の多くの国の人々に絵を愛して頂けて、私はこの上なく幸せだった。UNESCOという世界中の多種多様な人種の集合の中で、文字どおり世界中の方が共通の感動を共有して下さったことに、私は深く心を打たれて、私自身の中に何か大きなショックというか、何か一本のゆるぎないものが出来たという実感の重みにふるえるような喜びがありました。

そして宇宙的で霊的な広がりをもった幽玄美の世界の奥深さを、少しでも感じとってもらえたら、私にとってこれ以上にうれしいことはないとも・・・

パリでも、私の絵、その表現と試みを通して幽玄美というものがどういうものなのかを観てもらえました。フランス人の心の壁にふれた幽玄美のもつ力、そこにきっと何か大きなものがあったのではないかと思います。

その追求してきた源氏絵に対するたくさんの感想を皆さんからいただき、心を打たれていたのでした。